いつものようにやかましい街だ。路上には所狭しと蛍光色のラジカセが置かれ、思い思いの音楽がそれぞれ大音量で流れている。看板は全て蛍光塗料で塗りつぶされ、街灯を始めとした照明の類は全てピンク色で統一されている。眼にも耳にも騒がしい空間。

あまりにも毒々しい光景に、視力を失う者もいる。聴力を失う者もいる。常に危険にさらされている。けれども住人達は増える一方で、この街は衰えることを知らない。

それが私は好きだった。雑多で、派手なこの街だからこそ一人ひとりはまるで影のように溶け込んで見える。ここには個人というものがない。人々がこの過剰に装飾された街と一つになる。一個の化物。生命の危機にさらされようとも、私はそれが愉快でたまらないのだ。

その中の、穏やかなクラシックを流すライトイエローのラジカセのすぐ傍の路地裏が私の寝床だ。私はいつものようにスカイブルーのゴミ箱の上に座り込む。そうして、のんびりと客を待つのだ。

ください、と懇願するのは小さな少年だった。今日最初の客人にしては、あまり金持ちそうには見えない。まぶたを固く閉じているせいで、私の位置が掴めていないようだ。見当違いの方向を見詰めている。もっとも、あえてまぶたを閉じているのではないことは杖を持っていることからも明白だ。

杖を片手に立つその姿はどこか弱々しく、衣服は薄汚れている。バリアフリーとは無縁のこの街に来るのは容易では無かったのだろう。それに加え、ここの住人にも手荒く歓迎されたことは間違いない。ここは教養もなく、粗野で野蛮で乱暴な者ばかりが集まった掃き溜めなのだ。

私の隣にあったどぎつい赤色のラジカセを一台蹴り飛ばし、露わになったコンクリの上のゴミを払う。倒れたラジカセから響くのはやかましい演歌だ。うっとうしくなって電源まで切ってしまう。そして両手を何度か叩いて少年を呼んだ。音に気付いて、少年はようやく私の方を向いた。

「まぁ、まぁ、お座んなさいよ」

そう言うと少年は杖と、もう片方の手を伸ばしながらゆっくりと近付いてくる。整理整頓された道では無いことをきちんと学習しているようだ。鮮やかなラジカセどもや空き缶をいくつか蹴飛ばして、ようやく少年が地べたに座る。それを見て、私はタイミング良く話を切り出した。

「で、何色がいいの?」

そう言うと、少年は私の方を見上げつつわずかに動揺の声を発した。

「僕が何を欲しがってるか分かったんですか?」

少年らしい舌足らずな声に、少年らしからぬ理性的な言葉。けれどその思考回路はとてつもなく幼稚であるようだ。

「そりゃあ、分かるよ。私は技術者なんだから」

再び色を尋ねると、少年は少し躊躇いながらもぼそりと口を開いた。

「桜色」
「どんな?」

その問いに、少年は再び戸惑った。私は仕方なく補足する。

「桜色と言っても、色々あるわけだ。私は技術者だから、出来るだけクライアントの理想に近しい色を再現したいんだよ」

こんな路地裏に住み着いていると、あこぎな商売だとか、詐欺まがいだとか噂されることはある。けれどもそれは大きな間違いである。私は高い技術を出し惜しみすることはないし、報酬以上の仕事をやってのけることでそこそこの評判を得ている。それに、私自身も顧客満足度100パーセントを謳い文句にしているのだ。

なめてもらっては困る。そう言う意味も込めて、私はニヒルに微笑んで見せた。少年にはまだ早かったらしく、あどけない表情でそれらを受け流されてしまった。

「そうなんだ。へえ。何でもいいの?」

私はすぐさま職人の顔をして断言する。

「何でもいい。言ってみなさい」

少年は考える素振りも見せずに街灯を指差してこう言った。

「ここの街灯とは違う色」
「うん」
「もっと柔らかくて、優しくて、淡い色なんだ」
「それで?」
「昔見たんだよ。あったかい日に、ママと一緒に散歩した。茶色い、黒っぽい幹の先に、淡い若葉と一緒に咲いてる桜の花。白かなって僕は最初思ったんだけど。でも、違うんだ。あれがいい。あの色、できますか?」

思い出が混じったせいか、少年はやや早口でまくしたる。どうやら興奮気味のようだ。私を試すような、挑戦的な視線を感じる。見えないだろうが、私はにっこりと職人の顔で微笑んだ。

「もちろん、再現して見せよう」

それから、いくつかの質問と簡単な検査を行った。少年は表情にわずかな緊張を抱きつつも、難なくそれらをクリアする。粗探しをしようにも問題点など一つも無く、こちらとしては最高で最良の客人だ。私は何度も満足げに頷いて、すぐさま製作にとりかかる。

少年は座り込んだまま、ゴミ箱の方を見上げた。私はもう路地裏の先にある製作室へ足を向けていたので、そこにはいない。

「待ってていいの?」
「ああ、待っていなさい」

そう言って私は製作室へ向かった。そこで少年の記憶を頼りに、少年の思い出の中で焦ることなく咲き続けている桜を再現する。簡単なことではないが、私の技術をもってすれば何でも無いことだ。真の職人は時間を無意味に消費しない。いかに素早く、上質で良質な作品を仕上げるのが我々の使命である。自身であれ、他者であれ、時間を奪うことは許されない。てきぱきと作業をこなし、私は黙々と作り続けた。

私は培養液に浸った眼球を手に、少年の元に向かう。

桜色した、美しい眼球だ。淡く、優しく、温かな白。そこに赤をほんの少しだけ混ぜる。鮮烈な赤ではない。人を包み込むような大らかな赤だ。それ単体では何の魅力も持たないように見える。しかし、その二色を幾重にも重ね、混ぜ合わせ、集めることで繊細で美しい色を持つ桜色になる。恐ろしいまでに人を魅入らせる色になる。

芸術品として、いかなる審美眼の視線にも耐えうるだろう。当然ながら眼球としての機能は果たすことはない。ただの装飾品、ファッションの一部だ。もっとも、盲目である少年にはこの眼球がどんなものであっても関係ないだろう。彼の視界は変わらないのだから。私だって、視界を変える為にこんな仕事をしているわけではない。私はクライアントの世界を変える為にいる。だからこそ、この少年は最上の客であるのだ。

さて、いくら払わせようか。いくらだっていい。この美しい眼鏡をはめ、私の前で眼を開いてくれたなら。少年の世界が変わる瞬間を見せてくれるのなら、それが最高の報酬である。

高揚する気分が抑えられない。私は半ばスキップするように少年の元へ向かう。そして、すぐさまスキップで浮かれる足を止めた。

そこには少年の姿はなく、ただ杖があるばかりであった。

すぐさま、ここで何が起きたか理解した。ここは掃き溜め。汚泥である。法で定めた規律には何の意味も無く、罪も罰も情も幸運も存在しない。無防備な者には容赦なく暴力と理不尽が降りかかる。きっともう、少年は生きてはいないだろう。落胆はあるが、時間が戻るわけでも無し、起こってしまったことは仕方がない。何もこれが初めてではないのだ。私の技術に眼を付け、私の作る眼球に引き付けられ、のこのことやってくる者も多い。この街は、他所者に優しくないのだ。目も、耳も、命さえもこの街では危機にさらされる。

またお蔵入りだ。私はそう呟きながら、派手なピンクの街灯に桜色の眼球を照らした。




120416 極彩色の蜘蛛 [藤見:home]
TRAUMENTS企画『KITSCH』参加作品


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